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2013年9月に放送が終わってからすでに1年半がたとうとしている、HNKの朝ドラ「あまちゃん」。舞台となった久慈市では「ドラマの続きは岩手県久慈市で」と、あまちゃんで沸いた地元人気を定着させようと数々のドラマを繰り広げてきたようです。

ドラマが放映されていた2013年4月から翌1月までに久慈を訪れた観光客は149万人にものぼるといいます。数こそ減ってきているものの、今もなお日本だけでなく海外からも観光客が訪れるなど、夏季はマイカー規制が実施されるほどの人気ぶりは続いているといいます。

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そんな地元で展開されているのが「次は、オラ達だ!」と銘打った観光キャンペーン。2014年4月に三陸鉄道が全線復旧したものの、海女センター水族館もぐらんぴあなどの復旧は建築資材の高騰などさまざまな理由で遅れています。

そのような観光施設が本格的に復旧するまでは、あまちゃん人気を軸とした集客に力を入れざるを得ないということもあると思いますが、人気の陰にはそれを支える地元の人達のあたたかいおもてなしの心があるようです。


こちらはドラマの放送にさきがけて2013年3月22日に運行が開始された久慈市と東京を結ぶ深夜高速バス「岩手きずな号」。バスが到着した23日の朝には、地元関係者と市民約50人が到着地「もぐらんぴあ水族館前」に集まり、岩手北部初の深夜運行バスとその乗客を歓迎したそうです。

乗客もあたたかい歓迎に驚きつつも、「久慈市民の温かい歓迎ぶりにいかに待望していたかを実感」、「被災地岩手県の北部も盛り上げて欲しい」と感想を述べていたそうですが、観光客(帰省客?)以上にお出迎えに集まった人達の本当に嬉しそうな顔がとても印象的でした。


あまちゃんで一躍有名になった「まめぶ汁」はB-1グランプリでも5位に入賞するなど大人気。訪れた観光客にふるまうため、B-1グランプリに出場したまめぶの家 駅前店谷地ユワノさんが「おもてなしの心」をもつ市内の飲食店や宿泊業者にまめぶ汁の作り方を教える講習会を開いたとのこと。

実はこのまめぶ汁、あまちゃんの舞台となった小袖海岸あたりではそれまで誰も食べたことがなかったのだとか。それどころか、あまちゃんで取り上げられるまでまめぶ汁の存在すら知らなかったといいます。じぇじぇじぇ( ' jjj ' )。

今でこそまめぶ汁は久慈市の郷土食として広く知られるようになっていますが、もともとは山形町(旧山形村)の八つの集落だけというごく限られた地域のみに伝わる伝統食だったそう。

今から200年ほど前の江戸時代、凶作時に備えるために「百姓は麺類やそばきりを食べてはならない」という法度が出されたそうです。当時は冠婚葬祭などのハレの日に麺類を食べる習慣があったため、山形村では麺の代わりに水で練った小麦粉を丸めてクルミを包んで団子にしたのがはじまりだとされています。


「まめぶ」という名前は、団子の形が「まり麩」に似ているからだとか、「いつまでも健康でまめまめしく働けるように」という願いが込められて名付けられたのだとかいわれていますが正確なことはよくわからないようです。

また黒砂糖を入れるのは、ハレの席でふるまわれる料理だったため、当時は貴重だった甘味(黒砂糖)を隠して見えないようにして周囲に気を遣って食べたのではないかと言われています。たしか九州地方にも名前は忘れてしまいましたが黒砂糖を小麦粉で包んだまんじゅうのようなお菓子があったと思います。これは韓国や台湾などの大陸から伝わったと言われていたような・・・??(あいまいな記憶ですみません)

中国にも小麦粉で作った皮で黒砂糖を包んで蒸す菓子(あんまんのような感じのもの)があり、このレシピを教えてくれた中国人の友人は「黒砂糖は体にいいし美味しいからというのもあるけど、忙しい時にわざわざ小豆を煮て餡を作るのは大変だから忙しいお母さんは黒砂糖を使うのよ」と聞いたことがあります。

もしかしたら当時は小豆と砂糖を手に入れるのも難しかっただけではなく、忙しい農作業の合間に時間をかけて小豆を煮るのも大変な作業だったから黒砂糖が使われたのかもしれませんね。うーん、郷土食は奥が深い!

ちなみに2006年に久慈市と合併したことで山形村という名称はなくなってしまったとのこと。生まれ育った村がなくなってしまったようで落ち込んだ人もいたようですが、「落ち込んでなんかいられない、まちおこしをしよう!」と立ち上がったのが、まめぶ作りを教えていた谷地ユワノさんの息子の谷地彰さん。



久慈市山形総合支所に勤務する谷内さんは、まちおこし団体「久慈まめぶ小屋」のメンバーで、山形村独特のまめぶ汁でまちおこしをしようとB-1グランプリに出場したり、東北大震災の時には避難所でまめぶ汁をふるまったりしてきたといいます。物心ついた時から当たり前のように母・ユウノさんの作るまめぶ汁を食べて育ったという谷内さんは、

「調べるうちに、まめぶが、ここにしかない珍しい料理だと分かったんです。家で食べるものっていう感覚しかなかった。価値に気づかず、ましてや他に広めるなんて考えもしていなかった。」

と語り、まめぶ汁の美味しさだけでなく、みんなでワイワイと生地を丸めたり黒砂糖を包みながら作る過程で生まれるコミュニケーションから交流の輪を広げているといいます。避難所でもまめぶ作りは、お年寄りも子どももみんなが一緒になって作業できるし、「黒砂糖が漏れた漏れないで必ず会話が生まれる」と大好評だったようです。

今では観光客を対象としたまめぶ作り体験ツアーもあるとのこと。みんなでワイワイ作ったまめぶ汁はまた格別でしょうね。このような楽しい体験を通じて地元の人達や仲間とのふれあいを実感した方たちは、きっとまた久慈市を訪れたくなるのではないでしょうか。



久慈市ではあまちゃんの放送終了後も、「これまでにねぇ発想により、まさに“じぇじぇじぇ”な議会を目指していぐべぇという思いを込めで、この条例をこさえ、市民の思いに力いっぺぇ応えでいぐごどを決意する」と市議会基本条例の前文が全て方言で書かれた「じぇじぇじぇ条例」を施行したり、地元女子高生によるユニット「あまくらぶ」(2015年3月7日に卒業コンサートを行ったようです)を立ち上げたり、「あまロスなげき隊」を立ち上げてあまちゃん終了後の喪失感を全国のファンと分かち合いながら久慈の魅力をアピールしたり新たなドラマや映画のロケの誘致に力を入れています。

あまちゃんブームのピークは過ぎてしまったようですが、ドラマのロケ地となった地元を舞台に、ドラマのエキストラとしても参加し撮影を支えた地元の方たちが今度は自分達が主役となって地元の活性化めざして頑張っている様子が伝わってきますね。

訪れる観光客をもてなそうと、今まで食べたこともなかったまめぶ汁の作り方を一生懸命習った人。店のシャッターに「あま絵」と呼ばれる著名マンガ家たちが無償で提供したあまちゃんのイラストを描く地元の看板屋さんや高校の美術部の生徒たち。

盛岡に住む友人に聞いた話ですが、観光シーズンではない時期に久慈を訪れたところ、人気(ひとけ)のない店にあまちゃんグッズがたくさん置いてあったので「今もそんなに売れてるの?」と聞いたところ、「せっかく欲しいと思って来てくれたお客さんになかったら悪いから」との答えが返ってきたとのこと。

「お客さんみたいにお店をのぞいてってくれるだけで嬉しいよって言われちゃったんだよねー」と笑っていた友人ですが、彼女もまた私がいろいろと大変な思いをしていた時に、「私は何も手伝ってあげられないけど、岩手にはおいしいものがいっぱいあるから送るね!」と、わんこそばや南部せんべい、冷麺、かもめの玉子などがぎっしり入った小包を送ってくれたことがあります。嬉しかったなぁ。

ご近所にも東北出身のおばちゃまが何人かいらっしゃいますが、みなさんあったかいんですよね。そして汁物のレシピが豊富。さすがにまめぶ汁はありませんでしたが、きりたんぽ、芋煮など「私はこう作るんだけど、こんな作り方もあるのよ」と、いろいろなレシピを教えていただきました。


久慈市では2014年10月からふるさと納税の記念品制度をスタートさせています。当初は55種類だった記念品も今は60種類に増え、これからもさらに充実しそうな勢いです。人気の「潮騒の一夜干し」「しめさば」「純米大吟醸」などの他にも琥珀のストラップやボールペン、短角牛、ラーメン、お米にあまちゃんグッズなどたくさんの特産品があり、あまちゃんファンでなくても見ていて楽しい品揃えとなっています。

そして今回ご紹介する「冷凍久慈まめぶ汁」には50~60食分のタレとまめぶ60個がセットになった≪手作り編≫と、温めるだけで食べられる≪お手軽編≫があります。

あまちゃんの中でも、「しょっぺえのだか甘えのだか、わけわがんね」「おかずだかおやつだかわがんね」「ピンとこない味」「ビミョー」とかいろいろ言われていたまめぶ汁。たしか「美味いんだか不味いんだかわがんね」とも言われていたような。でも、「決して美味くもねけのに食いたくなる」ってアアキちゃんが言ってたまめぶ汁。

久慈市への一万円以上の寄附でいただけます。これがあれば、あんべちゃんの決め台詞「そばにしますか、うどんにしますか、まめぶにしますか?」が思いっきり言えちゃいますね。くーっ!



あまちゃんがらみのあったかいお話ばかりを書かせていただきましたが、久慈市は今も復興の最中です。三陸鉄道も開通はしたものの人口減少によって乗客数に伸び悩み経営は以前にも増して苦しいと言います。走れば走るほど赤字になる電車といわれながらも地元の人々にとってなくてはならない電車として、地震発生から5日に1部区間で運転を再開したという三陸鉄道。車両の3色のうち、白は誠実、赤は情熱と太陽、青は海を表しているそうです。


三鉄IWATEメイキング 祝30周年


たくさんの笑顔に私の方がなんだか元気をもらってしまいました。

新しい町へと復興をめざす久慈市へのふるさと納税の寄附も、
平成23年度(2012年3月) … 約1802万円(100件)
平成24年度(2013年3月) … 約 291万円(52件)
平成25年度(2014年3月) … 約447万円(66件)
平成26年度(2015年1月) … 約1467万円(839件)

と盛り上がって来ています。

ふるさと納税で久慈市にエールをと思う方はもちろん、もっと久慈市のことを知りたいという方は下記のリンクから久慈市のホームページを開いてみてくださいね。


■ 岩手県久慈市のホームページ
■ 寄附金額 … 1万円
■ 申し込み … ふるさとチョイスの専用フォームより
■ 提供 … まめぶ家
岩手県久慈市中央 3-37
0194-52-2617


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